スタッフ手記

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毎月19日は食育の日 ~梅の歴史~について

 

 

 

■みなさん毎月19日は、「食育の日」ってご存知ですか?

 

1月19日。

今日は、「食育の日」です。

「食育の日」は農林水産省が取り組む「食育推進施策」のひとつなのです。

食について考える日だそうです。

そもそも、「食育」とはどういうことかというと、、、

 

食育は、生きる上での基本であって、知育・徳育・体育の基礎となるものであり 、

様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、

健全な食生活を実現することができる人間を育てることです。

引用 農林水産省

 

 

みなさんも、今日は、家族や自分の食について考えたり、食事をとりながら話したりするのも

いいですね。

極月からは、「食」ということで日本の食文化と深く関わりのある「梅」の歴史に関する情報をお話します。

 

 

 

 

■長い長い「梅」の歴史

 

梅は、もともと日本にあったものではなく、中国原産の植物です。

中国では、漢方薬としてつかわれており、約2000年前に著された中国最古の薬物学書『神農本草経』には、

「梅」がすでに記載されているようです。

梅が日本に伝来したのは、3世紀の終わりごろといわれております。

珍しいものなので、みなに愛されて広まったようです。

 

 

 

・奈良時代

梅の実を生菓子として食べていた

貴族が観賞用として、梅を植えたりして梅の花を見て楽しんでいた

 

 

・平安時代

梅を食べて様々な効能を体感し、長期保存できるように塩漬けして保存食、食薬品となっていく。

いわゆる梅干しの原型ともいえる梅の塩漬けが「梅干し」として初めて書物に現れるのは平安時代中期。

村上天皇が疫病にかかったとき、梅干しと昆布を入れたお茶を飲んで回復されたという記録があり、

これが元旦に飲む縁起物として今に受け継がれている「大福茶」の起源とされている。

その年が申年であったことから、以来、申年の梅干しは特別なものとして珍重されるようになる。

 

 

・鎌倉時代

お坊さんの酒の肴となり、、、

その風潮はやがて、武家の食膳にも広がり、武士の出陣の際には、縁起をかついで必ず梅干しを食べたという。

梅干しいりのおにぎりを兵士の食糧としていた。

 

・江戸時代

戦国時代に兵士の兵糧食となり、江戸時代では貴族や兵士でけではなく

庶民の食卓にも梅干しが広まる

江戸時代中期には、梅干しが町なかでも売られる

江戸末期には現在の梅肉エキスの原型が考案され、『諸国古伝秘方』(1817年)という日本各地にあった健康法を記した文献にその作り方が記されている

身体にいいものとして広まる

 

 

●紀州和歌山の梅干しは品質が良いと評判で、

紀州から江戸まで船で梅干しが運ばれていたみたいです。

 

 

酢がない時代に梅干しが使われたり、塩と並ぶ調味料としてうめを使っていたりと、、、

そんなこともあり、料理の味付けを加減したり、ほどよい加減のことを「塩梅(あんばい)」と言われていました。

こちらの紀州の地域でも「え~あんばいや」「良い塩梅」といった言い方でつかわれたりしています。

 

 

 

■梅は古代から人々の暮らしに欠かせない存在

 

「梅」の歴史を少し覗いてみるだけで、はるか昔から、梅干しは体に良いと言われ続けていることがわかりますね。

梅の実を生菓子で食べることから始まり、それが、人間の知恵と経験で保存食となり体にいいものとなり

現代まで続くのでしょうね。

これからも私たちが元気で健康でいられるように、積極的に梅成分を体に取り入れるのもいいですね。

日本人の近くにずっといてくれた「食文化」=「梅」を大事にしたい気持ちになります。

 

 

極月スタッフ山中

 

 

 

 

 

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